oblique / oblique

均衡する点描:村上躍論

Posted in 未分類 by morh on 2010/03/24

via.うつわノート http://utsuwanote.exblog.jp/4502096/



これはギリシア土器でしたが、あまりに美しかったので、今の住まい方に使えるよう仕立て直しましたが何か。と言われても不思議に思われないような、時代を超えたおおらかさが、私を受け容れてくれる



村上躍(Yaku Murakami)は陶芸家。
以下、村上さん本人の考え方について、cafe&galerie BUNANOKIより引用します。

錆びた鉄や剥ぎ落とした土壁、風化した岩など自然がつくり出す無作為の美しさ。時を経て存在感を増してくる「物」の持つ力。自分がつくる物にも「物」として自立した美しさや力強さを持たせたいと思っています。(村上)

ポットは、かたちがきれいでも、注ぎ口の湯切れが悪く垂れてしまうものや、急須の中の網の具合で茶が残っているのに詰まってしまうなど、なかなか気持ちよく使えるものが案外すくないものです。

村上さんのポットについて、レストラン・カフェ&器のギャラリー|季の雲 [ときのくも] より引用します。

躍さんのポットは一度使ったら離せなくなるほど 切れのよさ 注がれる水量も気持ちがよく 葉詰まりもなく 誰もが絶賛です。

先日、上記「季の雲」で、ようやく実物を手にとり、そしておもったので、記録しておく。



モノが、内側と外側から空間に、バランスするポイント

村上の仕事をみて、それがモノの有り様なのかではないかと考えた

クラフトは、均衡点をその都度さぐり、つくる

ゆえに同じものがひとつもない。にもかかわらず、同じものでもある

村上のポットに惹かれている私の現在の感覚は、
その均衡点が、手びねりによって、いわば点描的に探られ、パーティクルとして現れていると感じるから

そう思った瞬間、するりと抜け出すなにかもまたあり

これは人の手が入れてあるから、気をゆるめて大丈夫だよ、という佇まいが、それがそばにあることで、なごむ



-
村上躍 展覧会 at『季の雲』長浜, 滋賀, 2010/3/20sat – 28sun
季の雲 NEWS
TOKI no KUMOのブログ: http://blog.livedoor.jp/tokinokumo/archives/1135978.html
季の雲: http://tokinokumo.com/



-
うつわをつくる人は、その日の体調や気象から、感覚の揺らぎから、大きな価値観の推移までが写し出されてしまうんじゃないかと思った。
-
5年前のある日、自分のつくる料理が、まずくはないのに、見た目がおいしく見えない自分の心の貧しさに気づき、ショックを受けた。それから、何かを求めるように、うつわを探しはじめた。
一番はじめにぐっとときたのが、この村上躍のポットだった。
-
さらに10年前に、どちらかというと、料理を作るよりも、作った料理を皿に盛るのが、たまらなく楽しいと気づいた。食欲をそそるのは、リミッターを外していいのだ!と

コメントは受け付けていません。

フォロー

Get every new post delivered to your Inbox.